『学びのセンス』

年末に日本舞踊の会への出演が決まりました。人前に立って一人で踊りたいと決意してから2年半が過ぎ、このタイミングが早いのか遅いのか分かりませんがこの機会を頂けたことに感謝しとても嬉しく感じています。
日々の稽古というのは毎日薄い半紙のようなモノを重ねる作業。この紙は一日一枚しか積むことが出来ないので高く積み上げるには長い年月をかけねば結果として現れません。しかも上質な結果を求めるならばただ積むのではなく常に高い意識と強い精神を持ってコトに当たらねばなりません。
そして現代においてはおそろしく刺激の少ない退屈で苦しい作業です。
あらゆる面で効率化が求められる社会の中で、この稽古の時間はとても異質であるのと同時に無駄な部分も感じていました。何せ2分半の曲の振りを受け取るのに半年掛かりましたから。
このペースではあっという間にじーさんです(笑)
正直そんなに暇じゃないし、踊り方を覚えるだけならビデオカメラ回して後で一人で練習するからもっと急いで欲しいと常々思っていました。
しかし師匠の本稽古にはカメラが持ち込めませんので自分の眼と集中力しか頼るものがありません。

12月に披露する踊りは8分半の演目で今年の1月から稽古を始めてようやく7分弱まで振りを渡されました。驚くことにまだ振り写しすら済んでいないにも関わらず2ヶ月後の出演を許されたのです。
師匠は女性なのでとてもお喋りが好きなのですが、どこか奥ゆかしい方でもあるので本質的な事はあまり言葉にしません。ですから師匠の行動から何かを感じ取り自分なりに解釈していくしかないのです。
日本舞踊の神髄は踊り方の奥にある感情や情景が重要で振りはフリでしかないのかもしれませんね。

一瞬で柄が浮き出るプリント物と時間と手間が掛かる染物の着物。
用途が異なるモノを単純に比較するのは愚かですが僕がここぞという時に着たいのは染めた着物。
歳月が経つことで劣化するのではなく深みが増すような技が身に付けられるよう精進します。
                                                        2013年10月03日
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